お貞の話
かなり以前のこと、長尾は医者の息子で父親の仕事を継ぐ修行を受けていた。早くから父親の友人の娘でお
「長尾さま、私の約束の人、幼い頃、共に約束をして、今年の末に式を挙げるはずでしたね。けれども今の私は彼岸に旅立とうとしています──神々は何が一番良い方法かをご存知です。たとえ
「確かに再び会える、」長尾は真剣に答えた。「
「いえ、いえ、」穏やかに答え「浄土のことではありません、この世で再びめぐり合う定めにあると信じています──たとえ明日には埋葬される身でありましても。」
長尾が不思議そうに眺めると、その疑いに微笑む姿が見えた。穏やかに、
「ええ、この世でのことです──これからの人生のなかで、長尾さま……もしも、本当にお望みになるなら。ただそれを叶えるためだけに、必ず生まれ変わり、女らしく育ちます。そうなるのを待たなくてはなりません。十五年──十六年、それは長い時を……約束の旦那様、けれど今はまだ十九歳……」
死にゆく彼女を
「あなたを待つのが婚約であって、それは義務というよりも少なからず嬉しいことなのですよ。お互いに
「でもお疑いになるのでしょう。」顔を見ながら問いかけた。
「
「それは無理なことです、」と言い「いつ頃どうやって会えるのか、分かるのは神々か仏様だけなのです。けれど分かります──とても、とてもはっきりと──それは、もしも私を受け入れになるのがお
話し終えると目が閉じた。彼女は死んだ。
* * *
長尾はお貞を心から愛していたので、悲しみは深いものであった。長尾はお貞の俗名を書いた位牌を作らせ、家の仏壇に置いて毎日お供えを捧げた。お貞が死の間際に言った不思議なことについて大いに考え、そして
それにもかかわらず、長尾はひとり息子であったので結婚しない訳にはいかなかった。間もなく家族の願いを聞き入れざるを得ないのを理解し、父の選んだ妻を迎え入れた。結婚してからもお貞の位牌の前に供え物を捧げ続け、欠かさず愛情を持って思い出すのであったが、次第に姿は記憶の中から薄れていった──夢を思い出すのが困難なようにである。そして数年が過ぎた。
この数年の間、多くの不幸が身に降り掛かった。彼は両親と死別した──その時、妻と独り息子をも失った。そうして自分は、この世にただひとり残されたのだと悟った。悲しみを忘れようと望んで、淋しい家を棄て長い旅に出た。
ある日、旅を続ける内に
余りの不思議さに、こう言って問い掛けた──
「お姉さん、あなたはどうしてそんなに遠い昔の知り合いにそっくりなのですか、初めてこの部屋へ入っていらした時には驚きました。だから申し訳ないのですが、生まれとお名前を聞かせては頂けませんか。」
すると──忘れもしない亡くなったその人の声で──このような答えを
「私の名前はお貞で、あなたは越後の長尾長生さま、夫になる約束をしたお方でございます。十七年前、新潟で死んだ時、いつの日か女の身体でこの世に戻って来れるならと、結婚の約束の書き物を作られました──そして約束の書き物に判を押して密封し、仏壇の私の名前を書いた位牌のそばへお置きになりました。だからこそ帰って来たのでございます……」
この全てを語り、言葉を結びながら意識を失った。
長尾は彼女と結婚し、その結婚は幸せなものであった。しかしそれから後、彼女は伊香保で問いに答え、何を語ったのか思い出せる時は無く、また前世についても何ひとつ思い出せなかった。生まれる前からの想いは──